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きびしい愛〜タフ・ラブ〜のメッセージより


  1. 薬物に依存している人々は病んでいる。この人々は自分の人格、価値観、言動が変えられていく病気で苦しんでいる。この病気が進行するにつれ、依存者は身体的、感情的、そして社会的問題を抱えるようになる。
      ⇒ 薬物に依存している人は病気であり、この病気は例外なく家族に大きな影響を与える。

  2. 両親はその心配にもかかわらず、クスリを乱用している息子や娘の行動や姿勢を変えることはできない。両親は自分自身の行動と姿勢の変化に責任があるのだ。
      ⇒ 両親は自分たち自身以外の誰も変えることはできない。

  3. 両親が親として適切なかかわりをするためには、自分たちの出来ることと出来ないことをハッキリと分別しなければならない(両親は神でもスーパースターでもない。よくないことがおこるのを止めることは出来ない)。
      ⇒ 両親は、家族全体に対して健全な家庭のために責任をもって秩序を保つ権利と責任がある。

  4. 自分の過去のいたらなさと不適切であったかかわりに囚われていることは、破壊的であり役に立たない。我が子が薬物依存に入ることを両親が望んだのではない。
      ⇒ 過去の過ちの自責にとどまることは、今の建設的な姿勢を実践して行くエネルギーを吸い取ってしまうだけである。

  5. 不適切な判断や行動によって繰り返し問題を引き起こす人を何とか守ろうとしたり救助しようとすることは、よい結果をもたらすかかわりとはいえない。
      ⇒ 両親の過度の援助と保護は、子どもを無責任な姿勢にし、恨みの多い人にする。

  6. 薬物依存者は、自分の薬物使用が苦痛と不快な結果を繰り返しもたらすことを体験することによってのみ、依存から離れたいという思いに至る。
      ⇒ 痛い経験はよい教師である。特に薬物依存の問題にとっては。

  7. 両親と身近な人々による尻拭いと保護的関わりは、薬物依存者をさらに依存的、無責任、そして反抗的にさせるだけである。
      ⇒ 適切な関わりとはっきりした姿勢は、学びと練習を必要とする。特に薬物依存に関係ある問題に対応するためには、学びと訓練が不可欠である。

  8. 説得、説論、叱責、脅しは、薬物依存者にとってほとんど効果がない。
      ⇒ 薬物依存にとって、言葉は取るに足らない敵でしかない。

  9. 依存者の口約束や言い訳、あるいはその他の操りの言動を受け入れることは、その依存と依存への否認をさらに強めるだけである。
      ⇒ 薬物依存者の両親が依存者の本当の姿を知るためには、行動と言葉の矛盾を見分けることが必要である。約束、言い訳、正当化は責任ある行動とは別のものである。

  10. 薬物依存者の替わりにあなたが背負い込んでいる責任と心配の重荷から自分を解き放つことは、結果としてみんなのためによいものとなる。このデタッチメント(手放すこと)は実践することが難しく、仲間などの援助と支えを必要とする。
      ⇒ 愛は時に厳しさを必要とするが、多くの両親にとって誠実な愛の実践は難しいのである。

  11. 両親は、家庭の中で許されるべき言動について、明確で不動のガイドラインを持たなければならない。不条理な要求に両親が譲歩することは、より自己中心的でわがままな要求とよくない言動を生み出させることになる。
      ⇒ あなたの家庭とその雰囲気は、あなのものである。あなたの手に把握することが大切である。

  12. 薬物依存者は、専門の回復施設での治療と指導が必要である。しかし、往々にして回復施設での関わりから得られる充分な効果を受け取り受け入れる準備ができていないことが多い。両親は薬物依存からの回復は時間がかかるということを知らないために、その回復のテンポの遅さに幻滅を感じることがよくある。この病気からの本当の回復のためにはよい治療と、回復を強く求める姿勢、そしてその依存者を愛する人々の一致した協力が必要である。
      ⇒ 両親は薬物依存の子どもに治療を提供することができる。だが、その治療から必ずしも成果を得ることを子どもたちに強要することはできない。

  13. 薬物依存の病からの回復は年月がかかる。短期の回復はありえないし、本人もまた本人に関わる全ての人にとっても「今日一日」の生き方が必要とされる。
      ⇒ 愛、希望、信頼、そして忍耐は現代においても真理である。特に親と呼ばれる人たちにとって。